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6.

 

 出逢って四度目の春が来た。

「春ね。」

 私は窓から透き通るような空を見上げた。遠くに見える薄い桜の花びらが、くっきりと映えていた。

「春だね。」

 やわらかい風が頬を撫でた。

 夫が風になびく私の髪に触れた。そのままそっと私を抱きしめた。耳元で彼の声が震えた。

「ごめん…」

 別れて。

 そう言った。

 私は両手を持ち上げて、彼の胸をゆっくりと押して身体を離した。間にできた空間をじっと見つめる。ただ終わりが来ただけだよ。誰かが私に昔そう言った。私はきっと何もかも知っていた。

「どうして…?」

「…好きな人がいる。」

 彼はやわらかく穏やかで、正直な人だった。

 私はうなずいた。そう。

「あの子ね。よくうちに来る、向日葵みたいな笑顔の子。」

 ずいぶん時間を置いて、彼もやがてうなずいた。

 

 私は今までを思い出した。彼に出逢ってからの時間を。

 彼の鼓動にあてていた両手を降ろした。

「――私は」

 私は。

 私は、あなたが私に恋をしたと言って、愛して守ると言ったから、あなたに抱かれてあなたと結婚したのよ。

 言葉にならなかった。それらをすべて私も望んだのだ。だから幸せだった。

「勝手な人ね。」

 言えたのはそれだけだった。代わりに、できるだけ、精一杯、綺麗に泣いた。もう一度彼が、どうかもう一度彼が、私の涙に恋をするように。

 どうかあなたがもう一度、私に恋するように。

 彼はごめんと言って、さよならと言った。

 向日葵のような笑顔に恋をして、私から去った。

 遠くで風が鳴って桜が舞った。

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