top of page
それから、彼女は色んな学生に混じってよくうちへ来るようになった。いつ会っても、黄色いスカートを履いていなくても、私はやっぱり彼女の笑顔を向日葵のようだと思った。
「あの子、可愛いのね。」
私が言うと、夫はああ、頷いた。
「講義もよく聞いてるし、良い子だよ。男子からも人気あるみたいだね。」
それはそうだろうと私は思う。
けれど、彼氏はいないんです、とある日彼女は言った。台所で並んで立つのは当たり前のようになっていた。すごく見られている、と私は感じる。横顔を、あのキラキラと光る瞳で。
「でも好きな人がいます。」
手を止めて彼女に顔を向けるとピタリと目が合った。みるみるうちにその黒目がちな両目に涙が溜まって、溢れ出る。真っ赤になった目と鼻を覆い、なおも小さな声で続けた。
「すごく好きなんです…」
私は思わず彼女の肩を抱いて、背中をさすった。彼女は私の胸に額を当てて俯いていたけれど、誰にも気が付かれないうちに泣き止み、その後は何もなかったかのように振舞った。そのけなげさに私の胸は静かに軋んだ。
その日は帰る時、彼女は誰よりも後に靴を履いた。次々にドアから外の廊下へ吐き出されていく友達の笑い声をよそに、ゆっくりと、入念にかかとをしまってから、夫を振り返った。
「先生。」
玄関はすっかり静かになっていた。
「うん、何?」
急かすこともなく壁に寄りかかって腕を組んで見守っていた夫は、優しく首をかしげた。
きっとそれは彼女にも見慣れた仕草だった。
「…なんでもないです。」
かすめるように私を見て、彼女は目を伏せた。またね、と夫は微笑んで片手を上げた。彼女が去ると、花の残り香を嗅いだような錯覚を覚えた。
bottom of page