絵のように眠る

 彼女は絵のように眠る。

 まるで一枚の絵のようだ。

 そう思わせる雰囲気は昔のままだった。ある日彼女は再び僕の前に現れた。

1.

​ 現れたのは僕のほうだと言うべきかもしれない。僕は一か月ほど前、生まれ育った町に戻ってきた。十年以上もこの街を離れていたこととは関係なく、僕には友達と呼べるような人はいなかったから、一人でこの街を隅々まで歩いて、見て、思い出すことだけが大切なことだった。僕は休日になると一番履き慣れたスニーカーで街を歩き回り、あらゆる路地に入り、あらゆる場所を訪れ、立ち止まり目を閉じ、あらゆる光景をまぶたの裏に思い返した。それは特段必要な行為というわけではなかったけれど、僕はそうしたかった。そうして当然、あの図書館に辿り着いた。

 そこはとても気に入っていた場所だった。真っ先に行くはずの場所。

 ただ僕は秩序を大事にするタイプだ。北から順に歩くことを決めていたので、行くのが遅れた。これまで色々なところが見覚えの無い風景に変わってしまっていて、寂しい思いをしていたけれど――というか、本当のところはほとんどがすっかり変わり果ててしまっていて、正直僕は泣きたいような気分になっていたのだけれど、その図書館だけはそこにあるという確信を持っていたので焦って様子を見に行くなんて真似はしなかった。なぜそんな確信を持っていたかと聞かれると困るけれど、とにかくそこは僕の中では決して変わらない場所だった。そして現実に、そこはそのままだった。しばらく出入り口の前に立って、その建物を見つめた。

 その私立図書館はそこはかとなくルネサンス建築を覆わせる二階建てで石造りの、かすかに重々しい印象も与えるような建物だった。時計塔が空へ少し突出していて、その回りを左右対称に広がっている。僕が物心つく頃には既にそこに建っていて、どうしてこんな素敵な建物がこんな街に、しかもひっそりとあるのか今でもわからないけれど、僕は初めて見つけた時からここがすっかり気に入ってしまって、親の都合で街を離れる日まで、学校にいる時以外はほとんどここに通い詰めていた。人通りの少ない道の奥まった場所、街外れにあるので、訪れる人も少なく常に静けさに満ちていた。

 とても感じやすく疲れやすい子どもだった僕は家庭でもあまり折り合いが良くなかったので、いつもここへ来て、いつも同じ窓際の席に座って紙の匂いに包まれて、本を読んだり、空を見たり、桜の木がそびえる中庭を眺めたりしていた。そうやっていつも休んでいた。

​ あの頃と同じ匂いを吸い込みながら僕はそこへ踏み込んだ。しんとした空気が僕を迎えた。本がびっしりと並んで、木の枝の影がそこに落ちている様子や、本をめくる紙の音と、わずかでゆっくりとした足音と、開け放した窓から入る風の音の他には何も聞こえないところも、何もかも同じだった。一歩一歩全ての書棚の間を歩きながら、自分の席だと決めていた窓際の席へ向かった。その椅子は僕を待っていたかのように、いつものように、空いていた。その柔らかな色あせたクッションに音をたてないように座って大きな机に頬杖をついた。目を閉じる。静かに呼吸する。そう。此処だ。

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