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2.
僕らは高校時代、一度だけ同じクラスになったことがあった。彼女も僕もあまり口数の多いほうではなかったし、特にきっかけもなかったので、とても仲良くなるということはなかった。
僕は目立たない美術部員だった。絵を描くのは好きだったけれど、何を描いてもまともにデッサンもできないほど酷い代物で、才能の欠片も持ち合わせてはいなかった。だから憧れだけが募っていた。それは恋といえるような感情ではなく――今思うと淡い恋だったのかもしれないが、その頃僕はそんなつもりはまったくなく、まして彼女を手に入れたいだとか、そんなことを思ったことはただの一度もなかった。ただ僕は彼女を見ているのが好きだった。人にはそれぞれ、独特の立ち方や歩き方、話し方、仕草などがある。彼女はもちろんきれいな少女ではあったけれど、それ以上に僕には彼女のそれらが際立って綺麗に見えた。重力に逆らい過ぎずに伸びた背筋や、けして急がず、風を切らず含んで逃がすような足取り、言葉を選ぶときに口元に浮かべる薄い微笑、くせのない髪を耳にかける細い指先とそこから零れる幾筋の動き、そのゆるやかな瞬間瞬間が、とても幸せだった。僕は学校に行くと絵を見るように彼女を見た。そして時々彼女が僕の視線に気づき、目が合うと、首をかしげて小さな笑みを作る彼女と、そんな彼女を彩るなんでもないはずの風景に、胸を躍らせたものだった。
僕にもし十分な絵の才能があったら、その一年間で何枚彼女を描いたかわからない。彼女には人目を引くような輝きがあったわけではないけれど、彼女の周りをささやかに美しく見せる力があった。彼女はいつも日常と調和して光の中に居た。
彼女は僕を覚えていた。絵の中で、あ、と言った。
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