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【26'4.17】リサイタルのお知らせ

  • 4 時間前
  • 読了時間: 3分

本当に久しぶりにソロリサイタルを行います。

ちぇけらッッッ!



◾️2026年4月17日(金)

◾️18:30開場 19:00開演

◾️ベヒシュタイン・セントラム 東京ザール(日比谷)

◾️全席自由:一般4,000円/学生2,000円

◾️ご予約:


お時間がございましたら、ぜひ足をお運びいただけると嬉しいです。






長くソロ活動からは離れていました。というかもうやらないと思っていました。理由はさまざまありますが、端的にまとめると「向いていない」という結論から。


結局リトライすることにしたのは当然心境に変化があったからですが、私の場合、音楽に対してに限らず、心境の変化はとてもゆっくり、ひとつひとつの要因が細い川のように流れて、本流になるまで本当に時間がかかります。今回も例に漏れず…だったので、今ようやく合流点ができたところ。

ひとつにまとまった流れが向かう先は、「本当にそうだろうか?」という疑問でした。向いていないだろうか?本当に?


職業柄、そして家族や友人まで含めると、私は日々、10代までの子どもたち、10代20代、30-90代までほぼすべての年代の人々に接していることに気づいたのはいつだったか。

その全ての人に切実なドラマがあり、願いがあり、ジレンマがある。

いつもどんな人も、内省の必要性に迫られているのは新鮮な発見でした。

はたと私自身はどうやらかなり内省をするタイプの人間らしいとい知って、それは何故かと考えると自分が楽になるためだとわかる。すると多くの人が内省を回避したがるのは、それを苦しいことだと本能的に捉えているからだということも、またわかってくる。そして回避し続ける限り、苦しみ続ける。


大人になるとダイレクトに人を救いたがるのは迷惑だし、傲慢な行為です。

でもすごく喉から声が出そうになる時がある。自分の醜い姿を直視することは、苦しいかな?本当に?やってみたら楽になれるかもしれないよ。一緒に楽にならない?



そして私もまた自分に問いかける。

楽になりたがるのは私の習性で、楽に流れるからストイックじゃないとできないソロ活動への適性は無いと思い込んでいたけど、楽になる道筋って、音楽そのものなんじゃないかな。だって音楽って、救いでしょ?

私は何度も通ってるから、その道を知ってるんだ。


……一番大きな支流を遡ると、そんなような流れだったような気がします。何しろナチュラルに健忘症なので、心境の変化の後だと、その変遷を辿るのはなかなか難しいもので。


私だけが知っている道を示すなら、私だけでやらなくちゃ。などとそんな神の役割みたいなことをはっきりと思った瞬間はないと思うけど、でもまあ雰囲気としてはそんな感じです。もっと輪郭はぼやけているし、私自身を救う目的もあるような気もする。

なんとなく、繋がれるから繋がってみようよ、という気持ちです。そんなに苦しくないから、一緒に手を繋いで歩いてみようよ、というような。そういうことを弾けるような…気がしてきた。ような…気がする…ような……



そんな気持ちをぎゅっとしたプログラムがこちら↓↓↓



◾️J.S.Bach : Prelude, Fugue and Allegro BWV 998

 J.S.バッハ: 前奏曲、フーガとアレグロ BWV998

◾️Mompou : Musica Callada I

 モンポウ:ひそやかな音楽 I(抜粋)

◾️Schumann : Waldszenen Op.82

 シューマン: 森の情景 Op.82

◾️Rachmaninov : Etudes-tableaux Op.39-8※

 ラフマニノフ: 絵画的練習曲『音の絵』よりOp.39 No.8

◾️Rachmaninov : 13 Preludes Op.32-5※

 ラフマニノフ:前奏曲集からOp.32 No.5

 (※チラシ記載の シューベルト:即興曲 より変更)

◾️Prokofiev : Sonata for piano No.9 C-Dur Op.103

 プロコフィエフ:ピアノソナタ第9番 Op.103





ちょっと深呼吸きたくてふっと来てくれた、みたいな方がいたら幸せです。

お待ちしています。



金井裕




 
 
 

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