a mere goodbye
きれいな花を摘みにいくように、まるで自分の背には羽根がついているのだと疑ってもいないように、ふらっと。
唇に、わずかな笑みさえ浮かべて、彼は窓から落ちていった。
1.
私はまったくわけがわからなかった。信じられないほどの甲高い叫び声が教室中に響き渡った。それが自分の声だと気が付いたのはもっとずっと後になってからだ。自分が何をしているのかわからないまま行動していた。正しい判断など、まして助けを呼ぶなど、できるはずがなかった。いつの間にか両目からは涙がとめどなく溢れ、頬を伝い、風を切って後ろへ飛んでいった。窓に縋りつき身を乗り出して下を見た、おびだたしいほどの赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤私はそれだけは鮮明に正確に見て取る、不自然なほどに輝く黄金の、二本のイチョウの木の間で彼はあざやかな血とともに横たわってた。四階からではその横顔は見えなかったが、苦痛の色はなかったのではないかと今でも思っている。血は潮が満ちるように生き物のように地面を這い広がっていく。私はやはりわけがわからない。呼吸ばかりがどんどん激しくなる。踵を返して教室を飛び出す、もつれそうになる足を無理矢理動かしてなんとか一階までの階段を降りきる、上履きを靴に履きかえることなど思いつきもせずに、そのまま昇降口を飛び出して彼に駆け寄っていた。校庭で体育の授業が始まるのを待っていた生徒たちが既に群がり始めている頃だった。あちこちで悲鳴があがる。私はその中を、誰にぶつかってもそのままなんとか彼のもとへ行く。しゃがんで彼の肩を掴む。ごろりと力なく彼の身体は私に仰向けになり、血みどろの顔がこちらを向いた。きゃああああああ、とまた声がする。校庭は混乱の渦になっていった。私は、私はわけがわからない、私は動転している、私は彼の名を叫んでいる。私はその時初めて、彼の名前を呼んだのだった。
「藤沢くん、藤沢くん藤沢くん藤沢くん藤沢くん藤沢くん藤沢くん藤沢くん」
あああああああああ、と私はきっと誰よりも大きな悲鳴をあげている。ああああああああこれは何なのだ一体、いったい何が起きたのだ彼は何をしているのだ私にはまったくわけがわからない私はどうしたらいいのかわからない、私は一度も口にしたことのない彼の名前をなぜか呼んでそしてわけのわからない叫び声をあげているこれは何なのだ何なのだ何なのだ生きている死んでいる私はもしかして生きていて空が青い血の上に蝶が止まるようにひらりと黄金の葉が舞い降りて浮かぶ、美しい、恐ろしい、誰かが私の身体を後ろから羽交い絞めにするようにして強い力で彼から引き剥がした。ほとんど同時に私の口に開いた茶色い紙袋が当てられ、ダンボールに似た匂いが鼻をついた。吸って、吐いて、命令するその声は私のものではなかったけれど、私は一瞬だけ彼のことを忘れて、ただしく呼吸することに必死になる。そしてすぐに彼を思い出した時には彼の身体は担架に乗せられるところで、そして屈強な人々の手によって救急車に吸い込まれていった。血の海と、そこに浮かぶイチョウの葉を残して。